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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)6833号 判決 1991年3月29日

原告

A

B

C

D

E

右五名訴訟代理人弁護士

内田雅敏

遠藤憲一

庄司宏

鈴木淳二

高橋耕

新美隆

舟木友比古

渡邉務

被告

右代表者法務大臣

左藤恵

右指定代理人

浅野晴美

外四名

主文

一  被告は、原告Aに対し、金一〇万円及びこれに対する昭和六一年六月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告Aのその余の請求を棄却する。

三  原告B、同C、同D及び同Eの請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用中、原告Aと被告との間に生じたものはこれを三分し、その二を原告Aの負担とし、その一を被告の負担とし、その余は原告B、同C、同D及び同Eの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告A(以下「原告A」という。)に対し八八万円、同B(以下「原告B」という。)及び同C(以下「原告C」という。)に対しそれぞれ三三万円、同D(以下「原告D」という。)及び同E(以下「原告E」という。)に対しそれぞれ一四三万円並びに右各金員に対する昭和六一年六月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

第二事案の概要

本件は、東京拘置所長が、未決勾留中の原告五名に対する新聞の切抜き綴りの差入れを許可せず、原告D及び同Eに対し差入れ図書の閲読を許可せず、また、右図書の一部を抹消し、原告Aに対し信書等の一部を削除し、また、弁護人との接見において右信書に関する書類の携行を許可しなかったため、右原告らが、それぞれ精神的損害を被ったとして、被告に対し、国家賠償法一条に基づき第一記載のとおり損害賠償を請求した事案である。

一  当事者

1  原告A、同C、同D及び同Eは、いずれも海外進出企業等に対する爆弾による爆破闘争を企図した武闘組織「東アジア反日武装戦線」による昭和四九年八月三〇日の三菱重工業爆破などのいわゆる連続企業爆破事件の被疑者として、昭和五〇年五月一九日、逮捕されたものであり、原告Bは、原告Cがリーダーであるとされている「さそり」グループの一員として、昭和五〇年二月二八日の間組本社ビル爆破などのいわゆる連続企業爆破事件の被疑者として、昭和五七年七月一二日、逮捕されたものである(<書証番号略>、証人富山)。

(一) 原告Aは、昭和五〇年六月二八日、爆発物取締罰則違反の罪名で起訴され、同年七月一六日、東京拘置所に収容され、昭和五四年一一月一二日、東京地方裁判所において懲役八年の判決を、昭和五七年一〇月二九日、東京高等裁判所において控訴棄却の判決をそれぞれ受け、同年一一月六日上告したが、本件処分当時は東京拘置所に収容されていた(<書証番号略>、証人富山)。

(二) 原告Bは、同年八月二日、爆発物取締罰則違反の罪名で起訴され、その後爆発物取締罰則違反及び殺人未遂の罪名で追起訴され、同年九月二二日、東京拘置所に収容され、昭和六〇年三月一三日、東京地方裁判所において懲役一八年の判決を受け、同月二三日、控訴したが、本件処分当時は東京拘置所に収容されていた(<書証番号略>、証人富山)。

(三) 原告Cは、昭和五〇年六月一〇日、爆発物取締罰則違反の罪名で起訴され、その後爆発物取締罰則違反及び殺人未遂の罪名で追起訴され、同年七月一六日、東京拘置所に収容され、昭和五四年一一月一二日、東京地方裁判所において、無期懲役の判決を、昭和五七年一〇月二九日、東京高等裁判所において控訴棄却の判決をそれぞれ受け、同月三〇日、上告したが、本件処分当時は東京拘置所に収容されていた(<書証番号略>、証人富山)。

(四) 原告Dは、昭和五〇年六月一〇日、爆発物取締罰則違反の罪名で起訴され、その後爆発物取締罰則違反、殺人、殺人未遂及び殺人予備の罪名で追起訴され、同年七月二一日、東京拘置所に収容され、昭和五四年一一月一二日、東京地方裁判所において死刑の判決を、昭和五七年一〇月二九日に東京高等裁判所において控訴棄却の判決をそれぞれ受け、同月三〇日、上告したが、本件処分当時は東京拘置所に収容されていた(<書証番号略>、証人富山)。

(五) 原告Eは、昭和五〇年六月一〇日、爆発物取締罰則違反の罪名で起訴され、その後爆発物取締罰則違反、殺人、殺人未遂及び殺人予備の罪名で追起訴され、同年七月二二日、東京拘置所に収容され、昭和五四年一一月一二日、東京地方裁判所において死刑の判決を、昭和五七年一〇月二九日、東京高等裁判所において控訴棄却の判決をそれぞれ受け、同月三〇日、上告したが、本件処分当時は東京拘置所に収容されていた(<書証番号略>、証人富山)。

2  被告は、東京拘置所を管理、運営し、その職員をして原告らに対する拘禁の公務に従事させているものである。

二  本件各処分

1  新聞紙差入れ不許可処分

(一) 原告Aについて

F(原告Aの夫、以下「F」という。)は、昭和六〇年一二月二日、原告Aに朝日新聞等の広告欄を切り取ったものを数日分綴ったもの(以下「新聞切抜綴り」という。)を差し入れるため所定の差入願用紙に必要事項を記載し、東京拘置所差入窓口に差し出したところ、差入窓口職員は、その受取りを拒否した(<書証番号略>、原告A)。

(二) 原告Dについて

G(原告Dの母、以下「G」という。)は、同月二日、原告Dに北海道新聞及び釧路新聞の各新聞切抜綴りを差し入れるため所定の差入願用紙に必要事項を記載し、東京拘置所差入窓口に差し出したところ、差入窓口職員は、その受取りを拒否した(<書証番号略>)。

(三) 原告Cについて

H(以下「H」という。)は、同月一〇日、原告Cに同月六日付け読売新聞の朝刊及び夕刊各一部を郵送したところ、東京拘置所長は、右差入れを不許可とし、同月一二日、Hに返送した(<書証番号略>)。

I(原告Cの弟、以下「I」という。)は、同月一七日、原告Cに読売新聞、毎日新聞及び赤旗の新聞切抜綴り各一部を郵送したところ、東京拘置所長は、右差入れを不許可とし、同月一八日、Iに返送した(<書証番号略>)。

(四) 原告Eについて

J(以下「J」という。)は、昭和六一年一月一四日、原告Eに同月九日付け、同月一〇日付け及び同月一一日付け毎日新聞各一部の新聞切抜綴りを郵送したところ、東京拘置所長は、右差入れを不許可とし、同月一八日、Jに返送した(<書証番号略>)。

(五) 原告Bについて

K(原告Bの弟、以下「K」という。)は、昭和六一年二月一七日、原告Bに毎日新聞の新聞切抜綴りを差し入れるため所定の差入願用紙に必要事項を記載し、東京拘置所差入窓口に差し出したところ、差入窓口職員は、その受取りを拒否した(<書証番号略>)。

(なお、以上の原告らに対する新聞切抜綴りの差入れ拒否を以下「新聞紙差入れ不許可処分」という。)

2  図書閲読不許可処分

(一) Kは、昭和六〇年七月二九日、原告Dに対し、書籍「死刑執行」(村野薫著・東京法経学院出版同年発行、以下「死刑執行」という。)を差し入れたところ、東京拘置所長は、その内容が全体にわたって死刑執行の詳細な記述に終始していること、原告Dが第二審まで死刑判決を言い渡されている刑事被告人であること、その日常の動静等から、原告Dが右図書の閲読によって心情不安定に陥り、自殺、自傷等の突発的行動に出たり、職員や施設等に対して暴行や破壊行為を企図したり、規律違反行為を累行する等、施設の管理運営上放置しがたい障害を生じる相当の蓋然性があると判断し、同年八月一九日、原告Dに対し、その閲読を許可しない旨告知した。(<書証番号略>、証人富山)。

(二) Lは、昭和六一年三月二五日、原告Eに対し、「死刑執行」を差し入れたところ、東京拘置所長は、前同様の判断から、同月二七日、原告Eに対し、その閲読を許可しない旨告知した(<書証番号略>、証人富山)。

(なお、原告D及びEに対する「死刑執行」閲読不許可の各処分を、以下「死刑執行閲読不許可処分」という。)

(三) Mは、同年四月一一日、原告Eに対し、書籍「別冊ジュリストNo82・刑法判例百選I総論(第二版)」(有斐閣昭和五九年発行、以下「別冊ジュリスト」という。)を差し入れたところ、東京拘置所長は、その中の「死刑の執行方法」と題する判例解説に死刑執行方法等について詳細に記述されている部分があり、前記「死刑執行」の場合と同様、原告Eが「別冊ジュリスト」の当該部分を閲読することにより、施設の管理運営上放置し難い障害を生じる相当の蓋然性があると判断し、同月一四日、原告Eに対し、右部分の抹消に同意しなければ閲読を許さない旨告知したが、原告Eが右抹消に同意しなかったため、東京拘置所長は、同月二六日、右図書を原告Eの弁護人であった舟木友比古弁護士に郵送した(以下「別冊ジュリスト閲読不許可処分」という。<書証番号略>、証人富山)。

(四) Kは、同月二九日ころ、原告Dに対し、「別冊ジュリスト」を差し入れたところ、東京拘置所長は、前同様の判断から死刑執行方法等について詳細に記述されている部分の抹消に同意しなければ閲読を許さないことに決定したが、本件「別冊ジュリスト」のようないわゆる別冊ジュリストのシリーズを同年五月六日から雑誌として取り扱うことになったため、原告Dから入所時に徴した雑誌及び新聞紙の削除抹消に関する同意に基づき当該部分(「別冊ジュリスト」の二〇九頁二段目二七行目から三段目四行目まで)を抹消したうえ、同月七日、原告Dに交付した(以下「別冊ジュリスト抹消処分」という。<書証番号略>、証人富山)。

(なお、必要に応じ、以上(一)から(四)までの処分を「図書閲読不許可処分」という。)

3  信書削除処分等

(一) 原告Aは、昭和六〇年八月二七日、同人の刑事事件(当時原告Aは上告中)の弁護人である新美隆弁護士(以下「新美」という。)あてに信書(以下「本件信書」という。)の郵便による発信を願い出たところ、東京拘置所長は、それを原告Aの自己史として出版を予定している図書の原稿と認定し、右信書を発信させた場合、その内容が出版されて不特定多数の目に触れることにより、東京拘置所の規律秩序を害し、同拘置所の正常な管理運営に著しい支障を生じる相当の蓋然性があると認められる記述が三四箇所あると判断し、原告Aに告知することなく、右該当部分を削除した(以下「信書削除処分」という。)うえで、本件信書を発信させた(<書証番号略>、証人富山、原告A)。

なお、本件信書は、出版目的でFあてに送付された三六七ページまでの部分に続くもので、「八月×日 獄中闘争(その一)」、「獄中闘争(その二)」、「獄中闘争(その三)」と題する四〇〇字詰め原稿用紙四四枚にわたる文書であり、その内容は東京拘置所内での原告Aの言動、同拘置所の対応及び同拘置所内における他の被収容者の様子等、同拘置所内の処遇状況に関するものであり、本件削除部分においては、同拘置所が、原告Aに対し、強制隔離、会話妨害、喫食強制、正当な医療行為の範囲を逸脱した尿検査等を行い、暴言、暴行及び性的凌辱等を加えたこと、原告Aが、同拘置所の措置に対する抗議手段として大声を出し、他の被収容者との通声、拒食行為及び点検拒否等を行ったこと並びに原告Aを含む多数の被収容者が、同拘置所の措置に対する抗議手段として大声を出し、居房の扉の乱打及び拒食行為等を行ったこと等が記載されている((<書証番号略>、原告A)。

(二) 新美は、同年九月五日、原告Aに対し、新美に郵送された本件信書の一部が削除されている旨記載した信書を送付し、これにより削除の事実を知った原告Aは、同月一〇日、信書削除処分について第二東京弁護士会人権擁護委員会あてに原稿削除処分に関する人権救済申立書(以下「委員会あて申立書」という。右申立書には別紙として信書削除処分により削除された部分を示す一覧表が添付されていた。)の発信を願い出、同時に同日付けで委員会あて申立書と同一の文書(以下「新美あて申立書」という。)を新美あてに発信を願い出た。東京拘置所長は、以前、原告Aが、その刑事事件の弁護人である庄司宏弁護士あてに人権侵犯申告を依頼するという形式で発信を出願した際、弁護人を経由して公的機関に提出を予定している書類と判断してその発信を許可したところ、右原稿をその一部に収録した「全国監獄実態」という図書が出版されたという経緯があったこと等を勘案し、本件信書削除処分と同様の理由により、原告Aに告知することなく、右各申立書に添付された前記別紙一覧表をそれぞれ削除した(以下「申立書削除処分」という。)うえで、右各申立書を第二東京弁護士会人権擁護委員会及び新美あてにそれぞれ発信させた(<書証番号略>、証人富山、原告A)。

(三) 原告Aは、同年一〇月一五日、東京拘置所で新美と接見する際、委員会あて申立書添付の前記別紙一覧表と申立書の写し及び刑事裁判の資料を携行しようとしたところ、東京拘置所長は、右別紙一覧表を出版目的とした原稿の一部であると認定したうえ、一見して原告Aの刑事事件と何ら関係のない文書であると判断し、右一覧表の携行を許可しなかった(右一覧表の携行を制限した処分を以下「一覧表携行不許可処分」という。証人富山、原告A)。

三  争点

1  新聞紙差入れ不許可処分の違法性

2  図書閲覧不許可処分の違法性

3  信書削除処分等の違法性

第三争点に対する判断

一  未決勾留により拘禁されている者の表現の自由等の制限

日本国憲法は、すべての人に対し、思想及び良心の自由を保障する一九条並びに表現の自由を保障する二一条の各規定の趣旨及び目的から派生的に導き出されるものとして、さまざまな意見、知識、情報の伝達の媒体である新聞紙、図書等の閲読の自由並びに信書発信の自由等を保障していると解すべきである。

しかしながら、右の各自由も、その制限が絶対に許されないものではなく、これに優先する公共の利益のために一定の合理的制限を受けることがあるとしてもやむを得ないものといわなければならない。そして、このことは、未決勾留によって拘禁されている者の自由についても、逃亡及び罪証湮滅の防止という勾留目的のほか、監獄内の規律及び秩序維持の必要のために一定の制限を加えられることもやむを得ないものとして承認しなければならない。

しかし、未決勾留は、刑事司法上の目的のために必要やむを得ない措置として一定の範囲で個人の自由を拘束するものであり、他方、これにより拘禁される者は、当該拘禁関係に伴う制約の範囲外においては、原則として一般市民としての自由を保障されるべきであるから、その自由を制限する場合においても、右の目的を達成するために真に必要と認められる限度にとどめられるべきである。

したがって、右の制限が許されるためには、その制限がなければ、右規律及び秩序が害される一般的、抽象的なおそれがあるというだけでは足りず、被拘禁者の性向、行状、監獄内の管理、保安の状況及び当該新聞紙、図書及び信書等の内容その他の具体的事情のもとにおいて、その閲読、発信及び携行等の行為を許すことにより、監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められることが必要であり、その場合においても、右制限の程度は、右の障害発生の防止のために必要かつ合理的な範囲にとどめられるべきである(最高裁判所昭和五八年六月二二日大法廷判決・民集三七巻五号七九三頁参照)。

殊に、未決勾留により拘禁されている者は、刑事訴訟の当事者の地位を有し、その防御権が制限されると刑事裁判上直ちに重大な不利益が生ずるのであるから、新聞紙等の閲読または信書の発信の自由等を制限する場合で、その制限が防御権行使を害するおそれがある場合には、その制限の程度が必要かつ合理的な範囲内にあるか否かについて特に慎重に判断すべきである。

二  新聞紙差入れ不許可処分の違法性について

1  原告らの主張

新聞閲読の自由は、ラジオ等の利用を制限されニュース報道に接する機会が著しく制約されている被拘禁者にとって極めて重要なものであり、特に刑事被告人にとっては、防御権の観点からも不可欠である。

ところが、東京拘置所においては、新聞のうち通常紙については朝日新聞もしくは読売新聞のうちの一紙の購読しか認めず閲読紙種の強制を課し、また、収入がない被拘禁者にとって新聞購読料(昭和六〇年一二月当時月額二六〇〇円)は軽微な負担とはいえないから、通常紙も購読によらせるのではなく差入れの方法を許すべきであるのにこれを認めず、経済的負担を強いているのであり、右差入れを拒否した東京拘置所の処分は違法である。そして、原告らは、新聞紙差入れ不許可処分によりそれぞれ精神的損害を被ったが、損害を金銭的に評価すると、原告らそれぞれについて三〇万円が相当である(なお、他に弁護士費用として右損害額の一割)。

2  被告の反論

東京拘置所の管理能力を前提にした場合、監獄の適正な管理運営を確保するためには、「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程」と題する法務大臣訓令(昭和四一年一二月一三日矯正甲第一三〇七号、以下「取扱規程」という。)に基づく制限は必要かつ合理的なものであり、同様に本件新聞紙差入れ不許可処分も監獄の適正な管理運営の確保という観点からは必要かつ合理的なものであるから、右処分は同拘置所長の裁量権の範囲内にあり適法である。

3  裁判所の判断

(一) 証拠(<書証番号略>、証人富山、原告A)を総合すれば、以下の事実が認められる。

(1) 東京拘置所における刑事被告人が閲読する新聞紙等の取扱い状況

在監者の新聞紙の閲読制限については、監獄法を受けて取扱規程一六条が、通常紙(取扱規程二条二項で「もっぱら政治、経済、社会、文化などに関する公共的な事項を総合的に報道することを目的とする市販の日刊新聞紙」と定義されている。)については朝日新聞及び読売新聞の二紙の中から一紙を収容者に選定させたうえ、指定の新聞販売店から購入させて閲読させ、通常紙以外の新聞紙については、拘置所長が適当であると認めた一紙に限り、差入れによって閲読をさせる旨規定している。

東京拘置所は、右各法令等に基づき在監者の新聞紙の閲読制限を行っており、購読できる通常紙として朝日新聞及び読売新聞の二紙を指定し、右二紙を含む通常紙の差入れについては従来から認めていなかったが、新聞紙のうち特定の記事を切り抜いたもの、あるいは新聞紙のうち特定の記事をコピーしたものについては、これを「切抜新聞」と呼んで新聞紙と区別し、取扱規程の第五章に定める「その他の文書図画」の一種(いわゆるパンフレット)としてその差入れを認め、その内容を審査して問題がなければ閲読を許可していた。

(2) 従来の差入れ状況

原告Aは、東京拘置所に移監された当初は、接見等禁止処分に付されていたため、弁護人から新聞紙の一部を切り取った残りの差入れを受け、接見等禁止処分解除後は家族や友人が、昭和五九年一一月ころからはFが通常紙数紙の新聞切抜綴りを差し入れていた。

また、Gは、従来原告Dに朝日新聞、北海道新聞、釧路新聞等の各新聞切抜綴りを、Hは、従来原告Cに新聞紙を、Iは、従来原告Cに新聞の切抜きを、Jは、昭和五一年ころから原告らに対し、週に一、二回の割合で新聞切抜綴りを、Kは、定期的に原告Bに新聞切抜綴りを、それぞれ差し入れていた。

なお、新聞紙の差入れについては、昭和五四年ころから、新聞の一部を切り抜いたものが差し入れられる事例があり、その後、次第に何ら切取りがない新聞紙そのものに近い形状の新聞紙が差し入れられるようになり、新聞切抜綴りを差し入れる事例は、昭和五九年から六〇年ぐらいにかけて目立つようになった。

(3) 新聞紙差入れ手続における事務の内容

ところで、切抜新聞の差入れ手続は、まず拘置所の会計課が当該新聞が差入れ願箋に記載されている枚数と同数かを確認し、一見しておかしなものでないかを点検し、次に保安課が物品検査をし、その後、教育課の図書係が内容的なチェックをするという仕組みになっていたが、新聞切抜綴りの中には、新聞の種類が多岐にわたり、版によって記載が違う場合があり、差入人と名宛人との関係で差入れを不許可にするかどうかの判断が要求され、差入れられた新聞を間違いなく名あて人に交付する必要もあったので、新聞販売店を通じての新聞の購読の場合に比べ事務量が増加した。

なお、本件新聞紙差入れ不許可処分当時、東京拘置所には二〇〇〇名近くの収容者がおり、そのうち約一〇〇〇名ほどが未決勾留者で、その中の約三〇〇名が新聞を購読していた。

(4) そこで、東京拘置所会計課長、保安課長及び教育課長は、新聞切抜綴りの差入れの増加に伴う事務量の増加により同拘置所の管理運営に支障が生じることを回避するため、昭和六〇年一一月一五日付けで、従来切抜新聞として差し入れられていたものを、「切抜新聞」(新聞記事のうち訴訟上又は学習上必要として記事の内容が多岐にわたらない特定の記事を切り抜いたもの、あるいはそれをコピーしたもの)を「切取新聞」(切抜新聞であるかのような体裁を整えるため、本質的でない新聞紙の一部分を切り取っただけのもの、たとえば最下段の広告欄の一部だけを切り取ったもので、記事の内容が特定されておらず、多岐にわたっているもの、あるいはそれをコピーしたもの)とに区別し、このうち切抜新聞については従来どおり差入れを認め、切取新聞については差入れを認めないこととする旨指示し、同年一二月一日以降、右指示のとおり取り扱うことを関係職員に徹底するとともに、差入窓口にもその旨掲示し、東京拘置所では、同月二日から、これに基づき、差入窓口で明らかに切取新聞と判断されるものについては差入れの受付を拒否し、郵便差入れに係る切取新聞についてはこれを差出人に返送する取扱いを開始した。

(二) 以上認定の諸事情を前提に、本件新聞紙差入れ不許可処分の違法性を検討する。

(1) 東京拘置所においては、前記のとおり、取扱規程に基づき、通常紙については朝日新聞及び読売新聞の二紙の中から一紙を収容者に選定させたうえ、拘置所長が指定する新聞販売店から購入させて閲読させ、それ以外は通常紙の購読や差入れによる閲読を認めない取扱いであるが、これを、通常紙について差入れを許可し、また、どのような種類の新聞でも閲読できるとした場合、以下の点で職員の作業が増加し、ひいては監獄の適正な管理運営に支障が生じることが予想される。

まず、東京拘置所において指定している新聞販売店から一括納入する現行の取扱いでは、当該新聞販売店が不正を行う恐れはないため、主に部数を確認すればよいのに対し、差入れを認めた場合は、差し入れられた新聞紙について不正物品の混入、不正連絡のための書込みの有無などを確認するため、厳重な検査を行う必要が生じる。また、現行であれば、単に新聞の部数にのみ留意して購読希望の在監者に配布すればよいのに対し、差入れの場合は、当該差入れが処遇上害があるか否かの判断を差入れ新聞紙ごとに行う必要があるほか、名あて人氏名と在監者氏名とを逐一確認しなければならない。更に、現行では、一日に二紙の通常紙の内容を審査すればよいのに対し、閲読を許可する新聞紙の範囲に制限を設けないとすると、そのすべての新聞紙について内容を確認することが必要となり、内容審査に要する手間が著しく増加する。

右の事情に加え、周知のように朝日新聞及び読売新聞はわが国における代表的な通常紙であり、右二紙のうち一紙の閲読が認められている以上、時事報道に接する機会は保障されているといってよいのであるから、右取扱規程の制限は、合理的かつ許容される範囲内のものといわなければならない。そして、東京拘置所長は通常紙については自費購読のみを認め、差入れを認めないから、たしかに経済的余裕のない被収容者にとって負担となることは事実であろうが、これもまた右に述べた事情に照らすとやむを得ない措置といわざるを得ない。

(2)  ところで、東京拘置所長は、前記のとおり、従来新聞記事のうち特定の記事を切り抜いて差入れを希望する者がいるときには、取扱規程に定める「その他の文書図画」に該当するものとして差入れを許可してきたが、その後、切取り部分が少なく、しかもこれを綴りとして差し入れる事例が昭和五九年から六〇年ぐらいにかけて増加し、その結果、差入れに伴う図書審査業務、物品管理業務等の増加がもたらされ、東京拘置所としてその事務量の増加に適切に対応することは困難であったことが推測できるから、事態を放置すれば同拘置所の管理運営に多大な支障が生じる相当の蓋然性があったということができる。したがって、事務量の増加による監獄の管理運営上の支障が生じないように、切抜新聞として差し入れられるものを切抜新聞と切取新聞とに区別し、このうち切抜新聞については従来どおり差入れを認め、切取新聞については差入れを認めない取扱いとした同拘置所長の判断にはそれなりに合理性が認められるのであり、右のような考えのもとになされた本件新聞紙差入れ不許可処分について違法性があるとはいえない。

なお、原告は、切抜新聞と切取新聞の区別が曖昧である旨主張するが、一枚の紙面に掲載された記事の数、差入れの枚数、差入れの頻度等、差し入れられたときの状況や目的に照らして、前記の基準により判断することは可能と解されるから、原告の右主張は採用できない。

また、原告は新聞紙縮刷版の差入れは自由であることと比較して不均衡である旨主張するが、切取新聞についての判断は右のとおりであり、新聞紙縮刷版については論評の限りでない。

(3) なお、Hが原告Cに対し読売新聞を郵送し、東京拘置所長がその差入れを不許可としたことは、取扱規程一六条に基づくものであり、違法とはいえないことは、前記のところから明らかである。

三  図書閲読不許可処分の違法性について

1  原告E及び同Dの主張

原告E及び同Dは、図書閲読不許可処分当時いずれも第一、二審で死刑判決の言渡しを受け、上告中の刑事被告人であり、右原告両名の弁護人は上告趣意書において死刑制度の違憲性を主張しており、右原告両名が死刑制度につき研究、考察することは、刑事被告人の防御権の一環であり、「死刑執行」及び「別冊ジュリスト」は死刑の執行方法の実態を認識するための資料であったから、本件各図書閲読不許可処分は右原告両名の防御権を侵害する違法なものである。そして、右原告両名は、右の各処分によりそれぞれ精神的損害を被ったが、その損害を金銭的に評価すると、右原告それぞれについて一〇〇万円(四回の処分のそれぞれにつき各五〇万円)が相当である(なお、他に弁護士費用として右損害額の一割)。

2  被告の反論

右原告両名は、図書閲読不許可処分時までに東京拘置所内で多くの規律違反行為を行っていたほか、死刑反対運動等の闘争を展開しており、東京拘置所長は、右事情を考慮したうえで、右原告両名が本件各図書を閲読すると勾留の目的が阻害され、あるいは施設の規律及び秩序に放置しがたい障害を生じる相当の蓋然性があると判断し、図書閲読不許可処分に及んだのであり右各処分は東京拘置所長の裁量権の範囲内にありいずれも適法である。

3  裁判所の判断

(一) 証拠(<書証番号略>、証人富山)を総合すれが、以下の事実が認められる。

(1) 東京拘置所における刑事被告人が閲読する図書等の取扱い状況

在監者の図書閲読の制限については、監獄法三一条二項を受けて監獄法施行規則八六条一項、取扱規程及び「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程の運用について」と題する矯正局長依命通達(昭和四一年一二月二〇日矯正甲第一三三〇号、以下「運用通達」という。)が閲読の許可基準を規定しているが、取扱規程三条一項各号は、閲読を許可できる基準として「罪証湮滅に資するおそれのないもの」、「身柄の確保を阻害するおそれのないもの」、「紀律を害するおそれのないもの」を挙げ、運用通達記二1(一)は、閲読の許可決定にあたっての具体的な留意事項を挙げている。右三者に該当しない文書図画は閲読を許可できないことになっているが、取扱規程三条五項は、支障となる部分を抹消又は削除して閲読を許すことができる旨規定し、運用通達記二2は、その際の判断基準を規定している。

私本の交付手続につき、取扱規程一一条が、支障となる部分を削除又は抹消するには予め書面によって本人の同意を徴するべき旨規定し、同意を徴する方法につき、運用通達記七1が、雑誌及び新聞紙については最初の購入又は交付の願出時に入所中に閲覧するものについての包括的な同意を、雑誌を除く私本については必要の都度同意をそれぞれ徴するべき旨規定している。

東京拘置所では、昭和六〇年当時、右各法令等に基づいて在監者の閲読する図書等の制限を行っていたが、ある図書が右規定中の雑誌に該当するかどうかの判断基準は右法令等に明示されていないため、雑誌と雑誌以外の私本(以下「単行本」という。)とを判別するため、雑誌については「①特定の題名で、一定の間隔をおいて長期にわたる刊行を意図し、毎号関連のある雑多な内容のものを編集、発行を続ける出版物で、②雑誌コードがあるもの、③装丁、製本が簡易なもの」と、単行本については「①単独に刊行し、その一冊で一応完結しており、末尾等に、奥付(書名、著者名、発行所、印刷所、発行年月日、版数定価等)のある出版物、②図書コードがあるもの、③長期の閲読、保存に耐えるように一応整った製本、装丁のものが多い」との基準を設けて運用していた。

東京拘置所は、昭和六一年二月二〇日、単行本か雑誌かの判断を容易にするため、また、単行本の増加に伴う領置業務の増加を回避するため、雑誌コードが付されている図書はすべて雑誌として取り扱うこととし、常識的に閲読後廃棄するのが相当でないような図書が雑誌と認定される場合もあることから生じる不都合は、雑誌と認定された図書であっても内容等から必要性の認められるものについては領置等を許可するということで対処することにした。

従来単行本として扱われてきた有斐閣発行の別冊ジュリストのシリーズは、いずれも初版第一刷には雑誌コードが付され、第二刷以降には雑誌コードが付されていないので、東京拘置所は、同年五月六日に、その取扱いを統一するため雑誌コードの有無にかかわりなく右シリーズを雑誌として扱い、領置等については配慮する取扱いにした。

(2) 原告D及び同Eの動向

原告Dは、図書閲読不許可処分当時、図書等の検閲等取扱い、接見時間、職員の服務、他の在監者の発する騒音等に関し、頻繁に所長面接等を出願し、不服、苦情を申し立て、あるいは情願申立てを行い、更に「天皇在位六〇年式典」に抗議すると称してハンストも繰り返し行っていた。

また、接見及び信書を通じ、外部支援者等と死刑執行、死刑廃止運動のための情報宣伝、集会等、獄中闘争、他の在監者のオルグ、権力に対する抗議運動、国家賠償請求等訴訟、監獄法改正反対運動等に関する情報交換等を積極的に行っていた。さらに、信書の中で東京拘置所に対して抵抗していく意思を、また、外部支援団体の発行するパンフレットの投稿記事の中で死刑阻止に向けて闘う意思をそれぞれ表明していた。

原告Eは、図書閲読不許可処分当時、図書等の検閲等取扱い、信書の検閲等取扱い、接見時間、職員の服務、ラジオ放送等に関し、頻繁に所長面接等を出願し、不服、苦情を申し立て、更に接見及び信書を通じ、外部支援者等と死刑廃止運動、獄中闘争、国家賠償請求等訴訟、監獄法改正反対運動、統一獄中者組合発行の機関紙等に関する情報交換等を積極的に行っていた。また、信書の中で、獄中者組合の運動を強化するなどして東京拘置所に対し抵抗していく意思を、外部支援団体の発行するパンフレットの投稿記事の中で、死刑阻止に向けて闘う意思を、それぞれ表明していた。

また、右原告両名は、その刑事事件の法廷で、裁判所の訴訟指揮に従わなかったために退廷命令や監置処分を受けたことがあった。

(3) 本件各図書の内容

「死刑執行」においては、絞首、電気イス、ガス室等の具体的な死刑執行の方法が写真入りで詳細に解説されているほか、死刑判決確定から死刑執行に至るまでの手続、その間の死刑囚の心理状態、死刑執行時の死刑囚の状況等が克明に記載されており、それらの記述が同書の大部分を占めている。

「別冊ジュリスト」の閲読不許可部分においては、死刑執行の際の死刑囚の肉体的反応及び意識が解説されている。

(二) 以上認定の諸事情を前提に、図書閲読不許可処分の違法性を検討する。

(1)  一般に死刑判決を受けた未決勾留者は、極めて大きい精神的動揺と苦悩のうちにあることが予想され、あるいは絶望感にさいなまれて自暴自棄になり、あるいは極度の精神的不安定状態を招来し、あるいは自己の生命、身体を賭して逃亡を試みるなどして、拘禁施設の管理運営に支障、困難を生ぜしめる危険性が高いものであることは容易に推察されるところである。そのため、その管理の必要上、精神状態の安定について格段の配慮を払う必要性がある。

(2)  そうであるとすれば、既にみたような各種の行動を実行しつつあり、かつ、第一、二審で死刑判決を受け、上告審判決を間近に控えていた原告D及び同Eが、前記のような内容を含む「死刑執行」あるいは「別冊ジュリスト」を閲読した場合、極度の精神的不安定状態に陥り、自殺、自傷行為に出る危険性、あるいは逃亡を企て又は獄中、獄外の死刑反対運動等を激化させる等の危険性は高いものと推測され、右図書の閲読を右原告両名に許可した場合、勾留目的が阻害されあるいは監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があったものと考えられるから、右事態の発生を防止するために本件各図書閲読不許可処分を行ったことは、その処分の態様を含めて、前に述べた刑事被告人の防御権の重要性を考慮にいれてもなお、やむを得ない措置であったといわざるを得ない。

したがって、本件各図書閲読不許可処分に東京拘置所長の裁量権の逸脱があったということはできない。

しかも、右各図書の記載内容からみても、その閲読が右原告両名の刑事事件における防御権の行使にとって必ずしも必要不可欠ということができないことは明らかであるし、原告ら本人が閲読できなくても右両名の弁護人が右各図書の記載内容を認識したうえで上告審における主張に反映させることは可能であったと考えられるから、本件各図書閲読不許可処分が右両名の刑事事件における防御権を侵害したということはできない。

(3)  また、原告Dは、別冊ジュリスト抹消処分は同人の同意を欠き違法であると主張するが、原告Dは、昭和五〇年七月二一日、雑誌の閲読につき、閲読に支障があると認められた部分について抹消、切取りに同意する旨記載された交付願を東京拘置所に提出しており、東京拘置所は、前記のとおりの経緯から、昭和六一年五月六日、別冊ジュリストのシリーズについては雑誌コードの有無を問わず雑誌として取扱うこととしたものであるから、同拘置所が行った右処分が違法であるということはできない。

四  信書削除処分等の違法性及び損害の有無

1  原告Aの主張

原告Aは、信書削除処分等の処分を受けた当時、第一、二審で懲役八年の実刑判決を受けて上告中であったが、勾留期間はそれを超える一〇年に及んでいたたため、量刑不当の主張は上告審において重要な争点となっており、同人は、量刑不当の理由として東京拘置所での一〇年に及ぶ勾留の過酷さを上告審に理解させるため勾留状況の詳細を上告趣意補充書に添付しようと考え、そのために作成されたのが本件信書であり、また、本件各申立書は、信書削除処分による権利侵害の救済を求めるため作成されたものである。したがって、信書削除処分及び一覧表携行不許可処分は、原告Aの防御権、弁護を受ける権利を侵害し違法である。そして、原告Aは、右各処分により精神的損害を被り、右損害を金銭的に評価すると、五〇万円(信書削除処分につき二〇万円、申立書削除処分につき二〇万円、一覧表携行不許可処分につき一〇万円)が相当である(なお、他に弁護士費用として右損害額の一割)。

2  被告の反論

(一) 信書削除処分について

東京拘置所長は、本件信書を、原告Aの当時の発受信状況及び接見状況から、原告Aを著者とする「自己史」と題する出版物の原稿であると認定し、やがては本件信書が出版され不特定多数の者の目に触れることが予想されたこと、在監者あるいは元在監者が過去にも東京拘置所の措置等に関して出版した経緯があること、一般的に当該図書に対して社会一般は、その記載内容に対する真偽の検討は行わず、そのまま真実として信用している傾向が認められること、信書削除処分の対象となった記述が、「対監獄闘争あるいは規律違反行為に関する記載で、真実を著しく誇張しているもの」、「東京拘置所の措置等を著しく誇張もしくは歪曲した記載で、同拘置所に対する無用の不信感を醸成するもの」、「明らかに事実に反し、虚偽を記載したもの」のいずれかであること等を勘案した結果、そのまま発信を認めれば外部の人が本件削除部分をそのまま真実と誤解し、同拘置所に対するいわれのない不信感、非難等が生じて、抗議運動等が発生し、また、拘置所内部においては、出版物が在監者に差し入れられると在監者の拘置所に対する不信感、不満が醸成され、先鋭化し、ひいては同拘置所の正常な管理運営に著しい障害が生じる相当の蓋然性があると判断し、信書削除処分に及んだのであり、右処分は東京拘置所長の裁量権の範囲内の処分であり適法である。

なお、本件信書は、出版目的の原稿であるから信書削除処分による防御権の侵害はなく、したがって損害はない。仮に右信書が上告理由書の資料であったとしても、右信書の内容を新美は既に知っており、また、信書削除処分の後に、原告Aは、新美と接見しているから防御権の侵害はなく、したがって損害はない。

(二) 申立書削除処分について

東京拘置所長は、原告Aが過去に弁護士あてに人権侵犯申告を依頼する形式をとって出版物の原稿を発信したことがあること等を勘案し、本件人権救済申立ては、真になんらかの権利救済を求めているものではなく、単に出版を目的としたものであると認定したうえ、信書削除処分と同じ理由によって、新美あて申立書の別紙一覧表部分を削除したが、委員会あて申立書については、本件人権救済申立ての実情調査の一環として、新美に対して事情を聴取する過程で本件削除部分が明らかになることが予想され、その結果、同拘置所の所期の目的が達成できなくなることが認められることから、いったんは右別紙一覧表部分を削除し、原告Aの権利救済が最終的に不可能になることがないように第二東京弁護士会からの連絡を待ってこれを送付したのであるから、右処分は東京拘置所長の裁量権の範囲内の処分であり適法である。

なお、本件各申立書は、出版目的の原稿であるから申立書削除処分による防御権の侵害はなく、したがって損害はないし、また、人権擁護委員会には後日本件削除部分が送付されているので損害はない。

(三) 一覧表携行不許可処分について

東京拘置所長は、本件申立書の内容が一見して原告Aの刑事事件と何ら関連が見られず、かつ、その点につき同人から特段の疎明もなかったことから一覧表携行不許可処分に及んだものであり、右処分は法令により行刑施設の長に委ねられた裁量権の範囲内の処分であり適法である。

3  裁判所の判断

(一) 証拠(<書証番号略>、証人富山、原告A)を総合すれば、以下の事実が認められる。

(1) 東京拘置所における刑事被告人が発信する信書の取扱い状況

監獄法五〇条および監獄法施行規則一三〇条一項を受けて「刑事被告人の発する信書について」と題する刑政長官通達(昭和二六年九月二七日矯保甲第一二九二号、以下「刑政長官通達」という。)記一及び三は、刑事被告人の信書の発信を制限する基準を規定し、勾留目的達成のための制限のほか、「信書が犯罪を構成するものと認められるとき」及び「信書の内容が施設の管理運営上発信を適当としないとき」にその制限ができるものと定め、制限の方法として前者については発信を自発的にやめさせるか差押えの手続を請求する方法を、後者については本人の意思如何にかかわらず該当箇所を抹消する方法をそれぞれ規定しており、また、右各法令を受けて「未決拘禁者の著作について」と題する局長通達(昭和二九年一二月二四日矯正甲第一二六三号、以下「局長通達」という。)記一及び二は、刑事被告人が原稿を発信しようとする場合、特に必要があると認められる者に限り発信を許すものとし、原稿の検閲基準は信書の検閲基準と同様にする旨規定している。

東京拘置所では、昭和六〇年当時、右各法令等に基づいて在監者の発信する信書の検閲を行っており、施設の処遇等についての虚偽の記載等がある信書については、当該信書を受け取った相手方を通じて信書の内容が外部に公表されるなどして同拘置所に対しいわれのない不信感を抱かせ、同拘置所外で抗議行動が誘発され、あるいは右信書の内容が同拘置所内の他の在監者に知れるところとなり、同拘置所内において同拘置所の管理運営に対する他の在監者による抗議行動等が誘発される等、同拘置所の管理運営に障害を及ぼす相当の蓋然性が認められることになるため、これらを抹消又は削除する取扱いであり、発信の相手方が公的機関なら抹消せず、相手方が弁護士の場合は原則として公的機関の場合と同様に扱う取扱いであった。

(2) 東京拘置所における刑事被告人が弁護人との接見時に携行する文書の取扱い状況

在監者の所持物の取扱いについては、監獄法五一条から五七条まで及び監獄法施行規則一四〇条から一五一条までがその手続等を規定し、在監者が房内に持ち込める又は持ち出せる私的所持物の判断については、拘置所長に裁量が認められている。

また、在監者に対する接見の制限については、監獄法四五条及び五〇条並びに監獄法五〇条を受けて監獄法施行規則一二七条が接見の立会、刑事被告人と弁護人の接見における制限等につき規定している。

東京拘置所においては、一覧表携行不許可処分当時、右各法令に基づき、刑事被告人が弁護人との面会時に携行する所持物について、原則として、予定される面会に当たって、事前に、刑事被告人が携行を希望する文書の標題を所定の用紙に記載させ、現品を添えて提出させ、文書の内容が、刑事被告人の刑事事件と一見して何ら関連が認められない場合は、出願者に対し携行の必要性、刑事事件との関連性等を疎明させたうえ、その許否を決定する取扱いであった。

(3) 拘置所内における原告Aの動向

原告Aは、昭和五〇年七月一六日から同年一〇月二九日までの間、東京拘置所の規則を破ることはなく、特にトラブルもなかったが、同月三〇日以降は、分離公判粉砕闘争あるいは監獄法改悪阻止運動等の名のもとに、通声、大声を出して静謐を乱す行為、落書き、点検拒否、点検妨害、指示違反、房扉足蹴、職員暴行、ハンガーストライキ等の行為を繰り返し、その都度五日ないし四〇日の軽屏禁及び文書図画閲読禁止等の処分を受けた。

また原告Aは、弁護士あてに人権侵犯申告を依頼するという形式をとって原稿を発送し、昭和五九年に出版された「全国監獄実態」と題する本においてその内容が引用されたことがあり、東京拘置所では、他にも在監者あるいは元在監者が、過去に同拘置所の措置等に関して出版したことがあり、また、本件信書の内容は、原告Aの刑事事件が上告審に係属していた昭和六一年一〇月二五日に、「子ねこチビンケと地しばりの花」という題名で出版された。

(4) 原告Aの刑事事件の状況

原告Aは、昭和五七年一一月六日に上告し、量刑不当を主張していたが、新美は、原告Aの刑事事件の当初からその主任弁護人であって、本件各削除処分当時も主任弁護人であり、原告Aは、弁護士に信書を発信するときは、専ら新美に発信していた。

(5) 本件信書の発信目的

原告Aは、信書削除処分等の処分を受けた当時、自分の生い立ちから逮捕に至る経緯、獄中での体験等、これまでの経験をまとめたものを出版する目的で原稿を作成しており、本件信書はその一部をなすものであったが、右信書の発信に際しては、その内容が拘置所内の事項にわたるため東京拘置所に塗り潰される危険が大きいと考え、それ以前には原稿をFに送っていたが、塗り潰しを阻止する意図で右信書を新美あてに発信することにした。

また、原告Aは、そのころ新美から上告趣意補充書の資料を早急に提出するよう催促されており、ちょうど本件信書には長期にわたる未決勾留の内容、監獄内の処遇状況が記載され、補充書の資料として適切であると判断し、本件信書をその資料として利用することにした。したがって、本件信書は、出版目的を有すると同時に、裁判資料としての目的も持つものであった。

〔なお、被告は、本件信書は出版目的のみを有し、東京拘置所による抹消を避けるため弁護士あての信書の形式を装ったに過ぎない旨主張するが、原告Aの未決勾留の期間が当時既に約一〇年になっていたことから、原告Aは上告審において量刑不当を争点として争っており、本件信書の内容はその資料となり得るものであること、新美が信書削除処分により上告趣意補充書の提出が遅れる旨の上申書を最高裁判所あてに提出していること及び原告Aが獄中の処遇状況を上告審で主張したいと新美に述べていたこと等の事実を考慮すると、本件信書は、出版目的があったことに加え、裁判資料としての目的をも有していたと認められる(<書証番号略>、証人富山、原告A)。〕

(6) 東京拘置所は、申立書削除処分に際し、昭和六〇年九月一一日付けで第二東京弁護士会人権擁護委員会あてに「仮に第二東京弁護士会人権擁護委員会において、本件削除箇所が出版されるものではないという保障を行うものであるならば、当該部分の発信を別途許可することとしたい。」との事務連絡を別送し、右事務連絡に対し、第二東京弁護士会人権擁護委員会から、「調査内容については守秘義務があり、出版等を行うことはありえない。」旨の説明を付した発信不許可部分の送付依頼書が送付されたことから、同拘置所は、同月二〇日付けで発信不許可部分の送付に応じた。

(7) 新美が、同年一〇月一五日、接見のため東京拘置所を訪れた際、原告Aは、本件申立書添付の別紙一覧表の携行を願い出たが、同拘置所長は、それが原告Aの刑事事件に関する資料であるとは一見して認められず、その内容を読み上げることで本件削除処分の内容が明らかになり、外部へ発表されるおそれがあったことから、右携行を不許可にした。

(二) 以上認定した諸事情を前提に信書削除処分等の違法性及び損害の有無を検討する。

(1)  前記のとおり、勾留中の者といえども発信の自由は尊重されなければならず、特に、弁護人への発信は、権利擁護のためのいわば最後のとりでとして最大限に尊重されるべきことは刑訴法三九条一項に照らしても明らかであり、仮にその制限が許されるとしても、それは、具体的事情のもとにおいて、発信を許すことにより、監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の重大な障害が生ずる相当の蓋然性がある場合であって、しかもその制度の程度は、右障害発生の防止のために必要かつ合理的な範囲にとどめられるべきであり、しかも刑事被告人としての防御権を害することがないよう特に慎重にしなければならないと解されるところ、本件信書は、出版目的を併せ有していたとはいえ、刑事弁護人あてに、上告趣意補充書の作成資料としての性格を有していたことは否定できないのである。そして、もちろん、原告Aは、処遇状況等につき他の信書や接見を通じて新美に相当程度伝え、新美もその点についてある程度の事実認識を有していたものと推測することはできるが、裁判資料として提出するためには具体的かつ正確な主張をする必要があり、その意味において本件信書は重要な書面であったと評価できる。

ところで、たしかに、被告が主張するように、本件信書が発信され、その内容がそのままの形で出版されれば、不特定多数の者が本件削除部分を含めてこれをすべて真実と受け止め、社会一般に東京拘置所に対する不信感等が生じ、また、在監者の同拘置所に対する不信感、不満が募るなどの事態が発生する可能性をまったく否定することはできない。しかしながら、被告の主張からも窺われるように、本件信書の発信が同拘置所の管理運営の障害になり得るのは、社会一般に不信感等が生じそれがなんらかの形で同拘置所の管理運営に影響を及ぼすに至るか、または、出版物が在監者に差し入れられるなどして在監者に不信感等が生じ同拘置所の管理運営に影響を及ぼすに至るかのいずれかの場合であり、いずれにしても本件信書の発信自体は、同拘置所の管理運営の障害という結果に対して、直接的な要因ということはできず、障害の発生を防止する手段はなお残されているのである。そうだとすると、本件信書の発信をもって直ちに同拘置所の正常な管理運営に著しい障害が生じる相当の蓋然性があるとはいえないというべきである。

したがって、本件信書削除処分は、東京拘置所長の裁量権の範囲を逸脱した違法なものといわざるを得ない。

なお、右のように解した場合、あるいは被告が危惧するように虚偽もしくは誇張された事実が外部に出ることを放置してよいのかという問題があることは事実であるが、記載内容の真偽の判断は弁護人の判断に委ねるべきであり、また、必要な場合は別途是正の途を講ずれば足りることであって、そのことのゆえに本件信書削除処分の違法性がなくなるわけではない。

そこで、損害についてみるに、既に検討した信書削除部分の内容や右東京拘置所のとった処分の違法性の程度等本件に現れた諸事情を総合すると原告Aの精神的苦痛を慰謝するには六万円が相当である。

(2) 本件各申立書は、人権擁護委員会あての原本とその写しであるが、人権擁護委員会は、日本弁護士連合会に設置された委員会で拘置所を管轄する法務省とは無関係の第三者的機関であり、申立ての手続きも簡便なものであるから、その利用価値は高く、したがって、原告Aが委員会あてに申立書を発信することの利益は小さくないと考えられる。

しかし、本件各申立書削除処分に当たり、東京拘置所は、委員会あて申立書につき、第二東京弁護士会人権擁護委員会から発信不許可部分につき出版しない旨の返答を得た後に、発信不許可部分を右委員会に送付するという措置を講じているのであり、右申立書は最終的にその発信不許可部分も含めて人権擁護委員会に送付されているのであるから、右申立書の人権救済の申立ての目的は達成されているし、また、東京拘置所が本件削除部分を人権擁護委員会あてに送付するに際し、弁護士会あて申立書の内容を出版しないことを要求した点は、右要求が人権救済の申立ての目的を阻害するものではない以上合理的な措置といえる。

したがって、申立書削除処分は、全体として見た場合、東京拘置所長の裁量権の範囲内にあるということができ、違法ということはできない。

(3) 東京拘置所長は、前記のとおり一覧表を出版目的とした原稿の一部であって原告Aの刑事事件と関係のない文書であると認定したうえ、一覧表携行不許可処分に及んだものであるが、接見における文書の携行の自由は、右自由を制限しないならば勾留目的が阻害され、あるいは監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められる場合に限り、必要かつ合理的な範囲内で制限し得るものであるところ、右一覧表が接見の場に持ち込まれたとしても、信書削除処分の場合における判断と同様、それが同拘置所の管理運営に支障を及ぼす相当の蓋然性があるとは認められないし、他方、右一覧表は前述したように出版目的を有すると同時に裁判資料としての目的を持つものであるから、本件一覧表携行不許可処分は原告Aの防御権を侵害するものであり、拘置所長の裁量権を斟酌しても、本件一覧表携行不許可処分に合理性は認められない。

したがって、右処分は、東京拘置所長の裁量権の範囲を逸脱した違法なものというべきである。

そして、損害については、信書削除処分と同様、本件に現れた諸事情を総合すると、原告Aの精神的苦痛を慰謝するには三万円が相当というべきである。

五  結語

以上のとおり、新聞紙差入れ不許可処分、図書閲読不許可処分及び申立書削除処分は違法ということはできないが、信書削除処分及び一覧表携行不許可処分はいずれも違法であり、右各処分により原告Aが被った損害の額は合計九万円であり、他に弁護士費用として一万円を認容するのが相当である。

なお、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととする。

(裁判長裁判官石垣君雄 裁判官木村元昭 裁判官古谷恭一郎)

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